金沢地方裁判所 昭和36年(ワ)218号 判決 1963年9月18日
原告(第二一八号事件) 北田吉次郎 外一名
(第二五〇号事件) 北川潤
被告(第二一八号事件) 浦善次 外一名
(第二五〇号事件) 秋山文子
主文
(昭和三六年(ワ)第二一八号事件について)
一、原告北田吉次郎が、被告浦善次に賃貸している石川県石川郡美川町南町ハ部六七番地の一、宅地二六坪、同町ハ部六七番地の二、宅地一七坪計四三坪(以下単に被告浦善次の賃借宅地と称する。)の地代は、昭和三六年七月一七日以降一ケ年三、四四〇円(年坪当り八〇円)であることを確認する。
二、原告北川宗太郎が、被告市村稔に賃貸している石川県石川郡美川町和波町カ一四五番地の一、宅地五一坪(以下単に被告市村稔の賃借宅地と称する。)の地代は、昭和三六年七月一七日以降一ケ年四、五九〇円(年坪当り九〇円)であることを確認する。
三、原告らのその余の各請求を棄却する。
(昭和三六年(ワ)第二五〇号事件について)
四、原告北川潤が被告秋山文子に賃貸している石川県石川郡美川町字中町イ五五番地宅地一二一坪(以下単に被告秋山文子の賃借宅地と称する。)の地代は、昭和三六年八月五日以降一ケ年一二、一〇〇円(年坪当り一〇〇円)であることを確認する。
五、原告のその余の請求を棄却する。
(訴訟費用について)
六、昭和三六年(ワ)第二一八号、同年(ワ)第二五〇号事件共、訴訟費用はこれを六分し、その五を原告ら、その一を被告らの連帯負担とする。
事実
第一、当事者双方の主張関係
一、申立
(昭和三六年(ワ)第二一八号事件につき)
(1) 原告北田吉次郎
「(一) 被告浦善次の賃借宅地の賃料は、本訴状送達の翌日以降一ケ月二、一五〇円であることを確認する。
(二) 訴訟費用は被告浦善次の負担とする。」との判決
(2) 原告北川宗太郎
「(一) 被告市村稔の賃借宅地の賃料は、本訴状送達の翌日以降一ケ月二、五五〇円であることを確認する。
(二) 訴訟費用は被告市村稔の負担とする。」との判決
(3) 被告浦善次及び被告市村稔
「(一) 原告らの各請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
(昭和三六年(ワ)第二五〇号事件につき)
(4) 原告北川潤
「被告秋山文子の賃借宅地の賃料は、本訴状送達の翌日以降一ケ月九、六八〇円であることを確認する。」との判決
(5) 被告秋山文子
「(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
二、原告らの請求原因
(一) 被告浦善次の賃借宅地は、原告北田吉次郎の所有に属し、昭和一〇年頃から被告浦善次に賃貸し、同被告は右宅地上に延べ面積三〇坪をこえる木造住宅を建築所有している。右宅地の賃料は賃貸当時坪当り一ケ年米一升という約定であつたがその後戦時から戦後へかけては統制を受け、結局昭和三一年一二月頃同年度分は、一坪一ケ年三五円と合意して授受し現在に至つているのである。右宅地は現在時価一坪一〇、〇〇〇円から一二、〇〇〇円位で、被告浦善次の利用状況から一坪一ケ月五〇円を相当とするから、本訴状を以つて右相当賃料に増額の意思表示をなすとともに、右意思表示が到達した翌日以後、被告浦善次の賃借宅地の賃料は、右増額改訂された賃料額であることの確認を求めるため、本訴請求に及ぶ。
(二) 被告市村稔の賃借宅地は、原告北川宗太郎の所有に属し、昭和一二年頃から被告市村稔に賃貸し、同被告は右宅地上に延べ面積三〇坪をこえる木造住宅を建築所有している。右宅地の賃料は、賃貸当時坪当り一ケ年米八合という約定であつたがその後戦時から戦後へかけては統制を受け、結局昭和三一年一二月頃同年度分は一坪一ケ年三五円と合意して授受し、現在に至つているのである。右宅地は現在時価一坪一〇、〇〇〇円から一二、〇〇〇円位で、被告市村稔の利用状況から一坪一ケ月五〇円を相当とするから、本訴状を以つて右相当賃料に増額の意思表示をなすとともに、右意思表示が到達した翌日以後、被告市村稔の賃借宅地の賃料は、右増額改訂された賃料額であることの確認を求めるため、本訴請求に及ぶ。
(三) 被告秋山文子の賃借宅地は、原告北川潤の所有に属し、昭和八年頃から被告秋山文子に賃貸し、同被告は右宅地上に延べ面積三〇坪をこえる木造住宅を建築所有している。右宅地の賃料は、賃貸当時坪当り一ケ年米八合という約定であつたがその後戦時から戦後へかけては統制を受け、結局昭和三一年一二月頃同年度分は一坪一ケ年三五円と合意して授受し、現在に至つているのである。右宅地は現在時価一坪二〇、〇〇〇円以上のもので、被告秋山文子の利用状況から一坪一ケ月八〇円を相当とするから、本訴状を以つて右相当賃料に増額の意思表示をなすとともに、右意思表示が到達した翌日以後被告秋山文子の賃借宅地の賃料は、右増額改訂された賃料額であることの確認を求めるため、本訴請求に及ぶ。
三、被告らの答弁及び主張
(一) 被告浦善次の答弁
原告北田吉次郎の請求原因事実中、同原告がその主張にかかる宅地を所有し、被告浦善次が右宅地を延べ面積三〇坪をこえる建物所有のために昭和一〇年頃以降賃借していること、右宅地の賃料は、当初坪当り一ケ年米一升であつたこと、原告北田吉次郎から本訴状を以つて増額の意思表示を受ける迄の右賃料の確定合意額(昭和三一年一二月約定によるもの)が、一坪当り一ケ年三五円であることは認めるが、その余の事実は争う。
(二) 被告市村稔の答弁
原告北川宗太郎の請求原因事実中、同原告がその主張にかかる宅地を所有し、被告市村稔が右宅地を延べ面積三〇坪をこえる建物所有のために昭和一二年頃以降賃借していること、右宅地の賃料は、当初坪当り一ケ年米八合であつたこと、原告北川宗太郎から本訴状を以つて増額の意思表示を受ける迄の右賃料の確定合意額(昭和三一年一二月約定によるもの)が、一坪当り一ケ年三五円であることは認めるが、その余の事実は争う。
(三) 被告秋山文子の答弁
原告北川潤の請求原因事実中、同原告がその主張にかかる宅地を所有し、被告秋山文子が右宅地を延べ面積三〇坪をこえる建物所有のために昭和八年頃以降賃借していること、原告北川潤から本訴状を以つて増額の意思表示を受ける迄の右賃料の確定合意額(昭和三一年一二月約定によるもの)が、一坪当り一ケ年三五円であることは認めるがその余の事実は争う。
(四) 被告らの主張
(A) 借地法第一二条によれば、地代増額請求権は(1) 土地に対する租税その他の公課の増徴(1) 土地の価格の昂騰(3) 比隣の地代に比較して不相当になつた場合に発生するものと定められているところ、一般的に言えば、公租公課及び土地価格が高騰していることは事実であるとしても、本件において既存地代(坪当り一ケ年三五円)が具体的に右各要件との関係で不相当になつているかどうかは全く明らかでない。即ち
(公課の増徴及び土地の価格の昂騰との関係において)
美川町では昭和二六年から昭和三五年まで固定資産評価額は改訂されないままであつたが、昭和三六年に至り始めて改訂された。しかも、この改訂額は乙第二号証に明らかなとおり全体として旧評価額の一割増に満たないものである。
(比隣の地代の変動との関係において)
(イ) 被告浦善次の借地に隣接する田地の地代は、年坪当り四円ないし六円である。
(ロ) 美川町借地人組合の組合員に貸地している地主九名以外の美川町の地主は、年坪当り一〇円ないし三〇円程度の地代しか受領していない。
(ハ) 美川町は、湊町、南町、和波町において町有地をその住民に貸しているが、この地代は年坪当り一三円ないし三〇円である。
(ニ) 訴外永井又八郎及び同米光博も美川町借地人組合の組合員に宅地を賃貸している地主である(右永井は宅地八件、右米光は宅地五件)。ところが、いずれも昭和三六年一月に同三一年から同三五年までの地代を年坪当り三五円で受領することに話合がつき、同三六年度以降の分についても、右地主と組合との間で交渉中であるが、右金額程度の地代で話合がつく予定である。
以上により原告らの地代増額請求権はその発生の根拠を欠くものといわざるを得ないのである。
(B) 仮に本件において原告らの地代増額請求権の行使が認められるとしても、適正地代額に関する各鑑定人の鑑定は正当ではない。
即ち
(1) 地代の算定方法について、法は何ら特に規定していない。そして通常鑑定人は、
R=(PXr)+X+Y+Z
※ R:地代 P:元本価格(取得原価または時価)
r:期待利廻り X:租税 Y:管理費 Z:危険補償
という原価計算方式により地代を算出しているのである。
(2) しかしながら、この計算方式の最も大きな欠陥は、土地供給者である地主の立場に立つた投資採算的なものであることである。いうまでもなく地代は借地人が当該土地を使用する対価として地主に支払われるものであることは全面的に否定することはできないが、そうだからといつて直ちに前記の方式によらねばならないという結論には到達しない筈である。不動産の賃貸借関係は金銭の消費貸借関係が投資採算的なものであるのに対比すれば、当事者間の信頼関係を基調とする人的色彩の濃厚な契約関係である。前記方式は、当該土地を臨時任意に売却し、投下資本を回収した上、金銭資本として利用し得ることを仮定した場合の相当利潤を算出するものであつて、土地賃貸借関係の特殊性を無視している点で、地代算出には不適当というべきである。
(3) 更に前記の方式中、P(元本価格)を時価に置きかえるときには、右に述べた不合理性が益々顕著となる。もともと不動産の価格を評価する場合にはその目的によつて各種の評価がなされる。(イ)会計処理としてのもの(ロ)税制上の課税基準価格としてのもの(ハ)取引、交換、処分、買収等の資料に供するもの(ニ)金融上の抵当物件としてのもの(ホ)土地改良法等による換地清算のためのもの、などが考えられる。ところが時価は右(ハ)の取引等の資料に供するものなのである。これは、不動産の流通過程における市場性、換価性をねらつて評価されるものであつて、信頼関係を基調として成立つ土地賃貸借における相当地代の算出の基礎とはなり得ないというべきである。ちなみに、大阪地方裁判所昭和三七年六月二一日判決(判例時報三一八号)は時価はそれ自体の鑑定基準が必ずしも合理的といえないうえ、賃貸借の当事者が何らの努力を払わない場合でも、インフレその他の経済事情の変動にもとずいて自然増加するから、その利益をどのような比率で配分すべきかも問題であるとして、時価を賃料算出の基礎とする方法を採用せず、固定資産税の標準価額を採用している。
(4) 以上考察してきたところに従つて、本件鑑定をみると、鑑定人和泉喜一郎及び同成谷文雄のいずれも、本件各宅地の時価を以つて評価の基礎としているので失当であるというほかなく、なおその際右時価から借地権的価格四割を控除しているけれども、それとても畢竟不動産の換価を目的とした評価に外ならないから、右結論を左右するに至らないのである。
(5) 以上要するに本来賃借人の保護を基調として定められた借地法の立法趣旨からすれば、右各鑑定人の採用する投資採算的方式ないし時価を基礎とする地代の算定は許されないのであるが、仮に許されるものとしても、各鑑定人の本件各宅地の評価はいずれも左記の実情を無視した過大評価であつて、失当である。即ち、
(イ) 本件各宅地の状況
本件各宅地はいずれも美川町の中心部の高台ではなく、低地であり、被告らが賃借する以前は湿地又は原野であつた。それが町の発展によつて埋め立てられ、且つ整理され住宅地としての形相をそなえるに至つたもので、いずれも町端に位置している。
(ロ) 固定資産の評価額
本件宅地は、右に述べた状況のものであるから、美川町の固定資産の評価額も低額であり、左記のとおりである。
表<省略>
(ハ) 比隣の土地の価格
日本国有鉄道が、北陸線複線化に伴い現在の北陸線にそつて用地の買収をしているが、右買収の交渉の中で、美川駅近辺の土地の価格はおよそ坪二、〇〇〇円見当で売買されまた美川町の中心部に当る美川郵便局近辺で昭和三四年頃更地坪当り一〇、〇〇〇円内外で売買取引されたのである。
(6) 更に前記各鑑定は本件各宅地の客観的な適正地代額の評定を目的とするものであるが、被告らにはそれぞれ次のような主観的特殊事情が存在するから右事情は適正地代の決定について考慮されるべきである。即ち
(イ) 被告浦善次について。
1 被告浦善次の賃借宅地は、美川駅を基点として南方四丁位の町端に位置し、近郊よりの出入客も少なく、今後の発展性は遼遠であると見られる。土地の形状は不整形であるうえ、鉄道線路よりさらに低位にしてかつ地下水高きため湿地帯ともいうべき状況であり、降雨のたびに玄関、庭等に浸水し、時には三尺ほどの浸水をする場合もある。周囲は沼田で、田としても収穫の多いところではない。右宅地が現状のごとく辛うじて宅地として使用し得るに至つたのは被告浦善次が借地後自らの負担において一尺五寸位の盛土をなした結果に外ならない。この点は充分地代額の決定について参酌されなければならない。
2 被告浦善次は右宅地を昭和一〇年頃から引き続き賃借している。この新規賃貸借でない点も考慮に入れられるべき要素である。
3 右被告は田地三反を耕作し、かたわら亡長男の妻が内職して生計をたてている。従つて月収一五、〇〇〇円程度であるから、地代負担能力は一坪当り一ケ年三五円が限度である。
(ロ) 被告市村稔について。
1 被告市村稔の賃借宅地が大通の新設に伴い、下級住宅地帯の形状を呈してきたのは最近のことで、右宅地は美川駅より北方五丁の位置にあり周囲は畑、原野である。
2 被告市村稔の家は酪農をしているが原乳をメーカーに売る程度で(飼料が高いうえメーカーに買い叩かれるので、利益は少ない)、小売は中断しているため、収入は少ないのである。
(ハ) 被告秋山文子について。
1 被告秋山文子の賃借宅地は美川駅東北方約二丁の町端に位置し、附近は片側並びの街路を呈し、客足は美川駅の乗降のために通行する者のみで、しかもその数は極少である。道路面より五寸程低く、大雨の際は玄関、床下に浸水し、地下水高きため湿気多く、そのため床が腐朽し易く、宅地としては不適当である。しかも周囲に雑草が繁茂していて環境も悪い。
2 被告秋山文子は、右宅地を昭和八年頃から引き続き賃借している。この新規賃貸借でない点も考慮に入れられるべき要素である。
3 被告秋山文子は現在タバコ、下駄、雑貨等の小売店舗を営んでいるが、顧客数が少ないため店舗の売上げは少なく、この収入のみでは生活を維持できない。そこで部屋を貸間することによつて生計を立てている状態であり、未亡人一人の経済能力では地代として一坪当り一ケ年三五円以上の支払は困難である。
(ニ) 被告ら三名に共通の事情として、
原告らは被告に対し、地代家賃統制令の適用がある当時から既に統制令違反の地代を支払うことを強制して来たのである。即ち原告らは昭和二九年には二〇円(年坪当り)、同三〇年には三五円(年坪当り)の不当な請求をしてきたが被告らはやむなく右請求に応じて来たところ、昭和三一年地代家賃統制令が三〇坪以上のものについて適用除外となるや一挙に六〇円(年坪当り)に値上げの請求をして来たのである。
四、被告らの主張に対する原告らの反駁
(一) いわゆる賃料鑑定方式には幾つも考えられるが、地代が土地を利用する対価である点を考えれば、当該土地の時価を基準として定めるのが妥当である。従つて本件各鑑定人の鑑定方式は、概ね妥当であるといわねばならない。但し基準となるべき土地価格を算定するについて、賃貸借土地であるが故に時価より四割を減じた価格を以つてその基準価格としている点は適切ではない。即ち売買の価格をきめる際には、賃貸借のない場合に比して賃貸借のある場合は、低廉となることは判るが、賃貸借の地代をきめるについてはこのような配慮をなすべきではなく、賃貸借なき土地価格を基準とすべきものである。
(二) 既定賃料に当該土地価格の上昇率を乗ずる方法によつて適正賃料を算定する方式がある(仙台地方裁判所昭和三五、一、二九判決)。これは地代は土地価格の上昇率と比例すべきものであるという考え方に立つているものである。土地価格の上昇率のみを基準とすべしというのであれば必ずしも賛し難いが、右上昇率に大きく着目することは妥当である。今この考え方に立つて仮りに本件地代を算定すれば、当地方における土地価格の上昇率(土地騰貴指数)は大体に於て昭和三一年頃に比し、本件提起当時は約四倍程度に上昇していると考えられるので、昭和三一年の地代は一坪につき一ケ年三五円と合意して授受したのであるから、これを基準とすれば本訴提起当時は坪一ケ年一四〇円が適正地代となるのである。
(三) 被告らが引用する大阪地方裁判所昭和三七年六月二一日の判決は、地価の昂騰は当事者双方をしてその利益に浴すべきものとし、固定資産課税評価額を以つて地代評定の基礎たる土地の適正価額となす前提に立つて、賃料の増額は公租公課の増額を基準とすべきであるとし、且つその利廻りは年一割二分を以つて相当とすべきであると判示している。一割二分の利廻りは今日の経済事情に鑑みて妥当であるが、固定資産税の評価額は徴税という行政目的によつて決定されるので、目的物を客観的に評価してその取引価格を定めることを終局の目的とするものではなく、今日右評価額が適正な時価又は取引価額より遙かに低廉なものであることは公知の事実である。従つて固定資産課税評価額を以つて地代評定の基礎たる土地の適正価額となす見解は甚だ不当である。
(四) 大体美川町の宅地の時価は
(イ) 駅附近で三〇、〇〇〇円から、中央部へかけて四(五)〇、〇〇〇円程度
(ロ) 北端附近で坪一五、〇〇〇円程度
(ハ) 東部附近で坪一三(四)、〇〇〇円程度
である。即ち美川町は北陸本線に沿い、交通は便利である。近く国鉄が複線電化されることになれば、金沢へは二〇分許り、小松へは一二(三)分で行けることになり、町は砂丘地に出来た高燥地であつて水質もよく住宅に適するばかりではなく、新町域は工場地帯としても適切な条件を具えているのである。従つて、土地の利用価値は高く、売買価格も前記のように一〇、〇〇〇円ないし四〇、〇〇〇円まで上昇しているとしても、不思議なことではなく当然のことといわねばならない。
(五) 被告らは固定資産税評価額や或いは鉄道敷地の買収価格などを挙げて、美川町の土地の価格は必ずしも高くない旨主張しているが、前述したとおり固定資産税評価額が土地の実際の価格より下廻つていることは公知の事実であり、且つ鉄道用地が数千円で買収されたとしても、それは公共事業のためという点を考慮されて、低価格で処理されたものと思われる。従つてこれを以て美川町の土地価格を判断する適切な資料となし得ないものである。
第二、証拠関係(昭和三六年(ワ)第二一八号事件及び同年(ワ)第二五〇号事件に共通<省略>
理由
一、原告らが夫々その主張にかかる宅地を所有していること、被告浦善次が昭和一〇年頃以降、被告市村稔が昭和一二年頃以降、被告秋山文子が昭和八年頃以降夫々右各宅地を賃借し、同地上に延べ面積三〇坪をこえる木造住宅を建築所有していること、昭和三一年一二月約定にかかる同年度の確定賃料額がいずれも一坪当り一ケ年三五円であつたこと、原告北田吉次郎が被告浦善次に対し昭和三六年七月一六日到達の本件訴状で同月一七日以降右既定賃料を一坪当り一ケ年六〇〇円に、原告北川宗太郎が被告市村稔に対し、昭和三六年七月一六日到達の本件訴状で同月一七日以降右既定賃料を一坪当り一ケ年六〇〇円に、原告北川満が被告秋山文子に対し、昭和三六年八月四日到達の本件訴状で同月五日以降右既定賃料を一坪当り一ケ年九六〇円に増額請求する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。
二、本件各宅地の賃料については地代家賃統制令の適用が除外せられていることは、同令第二三条第二項第三号と前示当事者間に争いがない本件各宅地上の本造住宅の面積等に照らし明らかである。
三、原告が賃料増額を請求しうる事由があるかどうかについては当事者間に争いがあるので、先ずこの点につき検討する。
原告は本件各宅地の価格が昂騰したため経済事情に変動を生じた旨主張するところ、真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、既定賃料の約定時期である昭和三一年一二月から原告らが夫々その増額請求をした前示時期にかけて全国市街地価格平均指数はかなり上昇し、その上昇率は計数上約三、三倍を示していることが認められること、及び鑑定人成谷文雄の鑑定の結果によれば、本件各宅地の価格もそれにつれその間かなり昂騰していることが認められ、かかる経済事情の変動により、前記各既定賃料は右賃料増額請求の意思表示がなされた各時期において不相当となつたこと明らかであるから、原告らは賃料増額を請求しうるものといわなければならない。
四、進んで賃料増額の範囲について判断する。
(一) 土地の賃料は、賃貸人が賃借人に土地を使用収益せしめる対価として支払われるものであるから、賃貸人の賃貸土地資本に対する利潤相当額でなければならない。従つて原則として土地賃料算出の方式は
土地賃料=元本価格×期待利廻り+税金+管理費其他
によるのが相当である。
被告らは右方式は地主の側の投資採算を重視するもので、不動産の賃貸借関係が金銭消費賃借の場合と異なり、信頼関係を基調とする人的色彩の濃厚なものであるから、地代の算定にあたり、右方式によることは正当でないと主張するけれども、不動産の賃貸借関係を重視することと、地代の算定にあたり標準的な原価採算を示す前記方式を採用することは相互に背馳するものではないから、被告らの主張は失当である。問題は前記方式自体にあるのではなく、具体的に土地賃料を算出する場合、前記方式を構成する各要素特に元本価格の評価にあるというべきである。ここで、前記方式に対する当裁判所の見解を述べると、
(イ) 貸主の土地(敷地)に対する投下資本は原則として固定資産の課税評価額によるべきではなく、賃料増額請求当時の価格によるべきである。これは今日固定資産課税評価額が時価即ち交換価額より通例相当に低額であることは公知の事実であり、また右課税評価額の性質そのものからみても、それは専ら徴税行政の手段として固定資産税額決定のための基準を定めることを直接の目的とし、取引価額を判定することを目的とするものではなく、従つて当然にそれと一致することを期待しうるものではないことが明らかであるからである。
次に地代決定の基準である土地価格の決定につき、更地価格に対して土地賃借権(いわゆる借地権的価格)の存在による減価額を見込むことの是否については、当裁判所は積極的に解する。かような考え方は、自己矛盾であるとする有力な反対説もあるが、自然発生的な借地権価格が発生している土地は、市場性に乏しく、地価の一部が実質的に地主から借地人に帰属していることはこれを否定出来ないから、既契約の地代を改訂する場合、地代算定上の元本価格の決定につき、右の点を考慮しても不当ではないと考える。
(ロ) 期待利廻りは、通常商事法定利率である年六分によるを相当とする。これに対し、土地資本に対する利率につき土地に対する資本投下は建物に対するものの如く消却費を伴う必要がなく、又一般に他の投下資本に比し危険性少く従つて営利的性格に乏しいものであることに鑑み、民事法定利率である年五分を相当とする考え方や、更にそれ以下で足りるとする考え方も存するが、土地は敷地になつてしまえば地上建物の利用収益による制約を受けること、換価性は乏しくなること、地代の値上げは容易でないこと等の諸点を考慮すると、土地(敷地)に対する期待利廻りを殊更一般の金利水準よりも低くてもよいという考え方はにわかに是認しがたいところである。尤も地主の資本投下の時期、一般の金利水準等により右年六分の利率を上下することは認められる。
(ハ) 税金に対しては、これは本来賃料から当然支出すべき性質のものであるから、特にこれを賃借人において負担する旨の特約なき以上、その負担を借主側に転嫁すべきでないとする考え方も存するが、当裁判所は地代算定につき原価採算方式を採用する以上、税金相当額が加算されるのはやむをえないところであると考えるから、右見解は採用しない。
(ニ) 管理費其他については実情に応じて土地管理および地代取立に要する諸費用が加算計上されるべきものである。
(二) さて、本件各宅地の増額請求当時の純客観的賃料は、鑑定人成谷文雄の鑑定の結果及び証人成谷文雄の証言によれば被告浦善次の賃借宅地につき、年額四、四七〇円(坪当り年約一〇四円)、被告市村稔の賃借宅地につき、年額六、五六〇円(坪当り年約一二八円)、被告秋山文子の賃借宅地につき、年額一九、五七〇円(坪当り年約一六一円)を下らないものと認められる。鑑定人和泉喜一郎の鑑定の結果は、右鑑定の結果に照らし採用しない。
(鑑定人成谷文雄が採用準拠する地代算定方式は当裁判所が是認する前示地代算定方式と概ね一致するものであり、更に証人山田清、同明翫与吉、同永井又八郎、同田川元治、同島野繁信、同成谷文雄、同北澗忠一の各証言及び原告ら各本人尋問の結果並びに検証の結果を総合すると、右鑑定人成谷文雄が本件地代決定の基準となる土地価格につき、被告浦善次の賃借宅地を一四二、〇〇〇円(一坪約三、三〇〇円)、被告市村稔の賃借宅地を二一四、〇〇〇円(一坪約四、二〇〇円)被告秋山文子の賃借宅地を六一七、〇〇〇円(一坪約五、一〇〇円)と評価したことは相当と証める。)
(三) 右純客観的賃料の既定賃料に対する上昇率をみると、被告浦善次の賃借宅地は約三倍、被告市村稔の賃借宅地は約三、七倍、被告秋山文子の賃借宅地は約四、六倍に達することは計数上明白である。
(四) ところで、土地(敷地)価格の昂騰は、一面需給関係の不均衡、他面経済成長に伴うインフレーシヨンの所産であるが、特に戦後の日本経済の下において、思惑的要素もからみ、やゝ異常な昂騰を示していることは当裁判所に顕著な事実であるから、もつぱら増額請求当時の純客観的な相当賃料を標準として、地代増額の範囲を劃定することは妥当性を欠くゆえ、更に次のような各諸点(いわゆる主観的特殊事情を含む)を検討して総合的に決定すべきである。
(1) 土地価格の上昇率
既定賃料の基準日時である昭和三一年一二月より原告らの地代増額請求当時までの全国市街地価格指数の上昇率は約三、三倍であること既に示したところである(仙台地裁昭和三五、一、二九判決、判例時報二一九号、松山地裁昭和三七、一、一七判決、判例時報三〇六号参照)。
(2) 税金の増徴率
成立に争いのない乙第二号証、第四号証、証人田川元治、同北澗忠一の証言によれば美川町では昭和二六年から昭和三五年まで固定資産評価額は改訂されないままであつたが昭和三六年二月二八日始めて改訂され、その改訂額の割合は全体としては旧評価額の一割増に満たないこと、被告浦善次、同市村稔の場合は約五分、被告秋山文子の場合は約五割三分であることが認められる。しかし、その結果原告らの本件各宅地に対する固定資産税の負担がどれ程増加したかは原告らの立証しないところである。従つて本件では税金の増徴率を考慮することはできないものである。
(3) 土地賃貸借関係が長年継続していること。
理由の第一項で説示したとおり、本件各宅地の賃貸借関係が長年に亘つて継続してきていることは明らかである。
(4) 附近の地代について。
証人近藤貞二、同山田清、同永井又八郎、同米光誠夫、同竹森長作、同吉田義一の各証言、原告ら各本人尋問の結果によれば、美川町内の地代は昭和三六年当時おゝむね年坪当り三五円から一〇〇円迄のものであること。
(5) 従来低額であつた地代を急激に変更することはなるべく避けるべきであること。
当裁判所が正当とする前示地代算定方式に則り鑑定人成谷文雄の鑑定の結果を参照し、本件各宅地の昭和三一年一二月当時の純客観的賃料を試算し、これを一坪当り一年三五円の既定賃料と比較すれば、右既定賃料は当時の純客観的賃料に比し低額であつたことが認められる。しかし既定の賃料とその後に生じた経済的事情の変動との間の不均衡状態を公平の観念に照らし、合理的に調整しようとする借地法第一二条の法意によれば、従来特に純客観的賃料に比し低額であつた賃料を増額するような場合には、既定の賃料が当時の純客観的賃料に比し低額であつたこと自体を当然に賃料増額の事由とすることができないことはもとより、右事情を考慮して極端に急激な増額は避けるべきである。尤もどの程度が極端かということは既定賃料の据置期間その他諸般の事情からいちがいに断ずることはできないものである。
(6) 改良工事
借地権者が借地に改良を加えたことが土地の価格昂騰の一因をなした場合には賃貸人に対する費用償還請求権の有無等を考慮した上、適当に斟酌せられるべきであるが、被告浦善次本人尋問の結果によれば、同被告がその負担において本件宅地につき土盛りをしたのは本件宅地を賃借した直後のことであるから、かかる時期における改良工事は本件において格別考慮すべき程の特殊事情ということはできない。
(五) 以上の各諸点を総合考慮すると、原告らの本件地代増額請求の意思表示により本件各宅地の賃料は被告浦善次の賃借宅地につき一ケ年三、四四〇円(年坪当り八〇円)、被告市村稔の賃借宅地につき一ケ年四、五九〇円(年坪当り九〇円)被告秋山文子の賃借宅地につき一ケ年一二、一〇〇円(年坪当り一〇〇円)に変更せられたものと認める。
五、結論
そうすると、原告らの各請求は右認定の限度においてはこれを正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 木村幸男)